「やめろー! 人生は最期の武器だ 無駄弾を撃つんじゃない」

「しかし、死んでゆきます」

「だからなんだというんだ!?
 逃げるのか?あきらめるのか?一生を闇の中ですごすのか?」

「いやです」

「少年の頃、お前はテレビを見なかったのか?」

「見ました」

「思いだせ、彼らは絶対の危機の時にどうした?
 もうダメだ!というその時、彼らはどうした? 答えろ!」

「タチムカッタ」

「ならばお前もそうすればいい、それをやれ!」



「あー、やられた 愛するものが死んでいく時は 奉仕の気持ちになることよ」

「わかりかねます、なぜ人間の一生は平等でないのか?」

「そんなの当たり前だわ 生きるってことは不条理ってことよ、
 じゃーね、さよなら」

「いやです」

「少年の頃、あなたテレビを見なかったの?」

「見ました」

「思いだして、彼らはリアルな悲しみの時にどうした?
 愛するものと別れ行く時彼等はどうした? 答えて!」

「フランダースの犬はその時、総てを受け入れた」

「ならばあなたもそうすればいい、それをしなさい!」


221B戦記
PHDL-1102






平和というものは、無能が最大の悪徳として弾劾されないような幸福な時代のことを言う。
戦争というものは、悪徳が悪徳として弾劾されないような不幸な時代のことを言う。

そういう意味で現代は――少なくとも日本は平和と言える。
政治の腐敗もある意味においては平和な証拠なのだろう。


砲火を交える際に留意しなければならないことは、敵を最大限引き付けて撃つこと。
加えて射線を分散せず、できる限り一点集中砲火を行うことだ。

立ち向かうのも全てを受け入れるのも、等しく不条理の範疇なら、人生こそが無駄弾なのかもしれない。



パブリック・エナミー
悪徳代表《戯言遣い》

「残弾数、ゼロ」