2005年09月

今日は――

一日中、行方不明になった電子辞書を探していた

我が家には大小様々のブラックホールが点在している

大抵の場合は同じく点在するホワイトホールから出てくるのだが、今回は何故か帰ってこない

あれがないと仕事がはかどらなくて困るので、明日別のを買いに行こうと思う




これもありえない話なのだが、もしどこかで目撃された方がいらっしゃれば、ボクまで連絡くださいませ

身長   :縦8×横12×厚さ1.5cm(およそ)
体重   :80~100g
体色   :シルバー
出身地 :シャープ
勤務地 :株式会社ヤマトシステム


これより、引き続き捜索にあたります

沸点と融点について

感情表現という行為には思いの外膨大な労力とエナジーを浪費する

抑制、諦め、期待、恐れ、恐怖、安心、嫌悪、好意、不満、憎悪、憾み、感謝、驚き、平静、不思議、不可思議、幸福、絶望、緊張、誇り、恥辱、尊敬、軽蔑、親しみ、友情、憎悪、嫉妬、憧れ、恥ずかしさ、恋しさ、愛しさ、欲望、畏怖、勇気、焦燥、快、不安、困惑、憤り

これらはに要するエナジーは望むと望まざるとに関係なく、ごく自然な成り行きとして身体から抽出される
『浪費』と表記したのはまさにこの一点に尽きるものであり、感情表現の四大行である喜怒哀楽、中国の五情で言えば喜怒哀楽怨であれば尚更だ


精神医学や心理学の分野において、『感情=emotion』と『気分=mood』は区別されることが多いが、実は大した違いはない
むしろ脳科学の分野においては確固とした区別はなく、感情と身体には思考・認知を基礎とした密接な関係があり、相互作用によって成り立っていると考えられている

認知科学者であるアントニオ・ダマジオはこれを、刺激に対して発生した身体反応を説明するために皮質が作る物語(ストーリー)であると主張している
例えば、被験者にアドレナリンを注射した後で不快な環境に置いたところ、アドレナリンの副作用を知らされていない被験者は、アドレナリンにより起こった動悸や冷や汗などの反応を環境のせいにし不快がったが、副作用を知らせておいた被験者はアドレナリンのせいだと判断し、不快さも少なかったという。つまり皮質が、身体の反応を、前後の文脈と照らし合わせて解釈し感情というストーリーを作ったということになる

また精神医学者であるマグダ・アーノルドの説では、外界からの刺激に対して、まず危険であるか有益であるかを皮質下で無意識に判断し、次に皮質でどう行動するかを判断し、次に末梢の反応(交感神経の興奮、骨格筋の緊張など)を起こし、最後に皮質にてそれを意識的な感情(feeling)として認識するのだという
この説は、強い感情を惹起する視覚刺激を短時間(30ms以下)呈示すると、意識上は認識できないにも関わらず末梢では反応が見られるということなどからも支持される






誰かが誰かを厭うとする

切っ掛けは些細なもので、でもその切欠はとても大きく――

誰かが誰かを好きなることに理由は要らないかもしれないけれど、誰かが誰かを嫌いになることには言訳が必要だ

それはとても、そう、とても大切なことなのだと思う

でも、でもでもそこで、キミが『嫌い』だという意味を、意義を、意識を体現してしまったら、それはそこで終わるだけのものになってしまう

怒り心頭に発すキミの気持ちは十二分に理解できる
だってキミの髪は、文字通り怒髪天だったから

けれどね、キミの沸点が融点に変わったとき、それは文字通り二度と同じ形には戻らないんだよ


だから、だから――

どうか怒りを静めてください
どうか御霊を鎮めてください

怒りを絶望へ、絶望を哀愁へと誘うのは容易なことだ

けれどキミが諦めてしまったら、キミの本心もエナジーも、今までの全部が一条の条理もなく無駄になってしまう

訪れるかもしれない〝いつか〟のために、それは必ず役に立つ

二度と元には戻らない〝昨日〟のために、それは大切な思い出になる

脳が決定付けてしまったらマニューバー承諾は受け取れないのだから


だから、これはボクからの些細な御願いだ

キミの気持ちに嘘をつかないでほしい

キミの脳を偽らないでほしい

一時のmoodをその場しのぎのfeelingでキミのemotionを誤魔化さないでほしい

これらに区別も境界も優劣もないのだから

サブリミナルでもかまわないだろう?

キミの凛々しくも美々しい名前のように、秘めたる優しさは伝わっているよ








以上 戯言でした

平等と不平等について

蝉から蟋蟀へきゃらきゃらと 騒ぐ虫時雨も装いを新たに 孟秋の閑寂も縁浅く

巣立ちを過ぎて燻る雛鳥は さも何様ありなむ と嘲り嗤い 

足早に薫ずる金木犀は はや無様なりけり と朝明に咲う 


そうそう
お気に入りのジーパンがだいぶ擦り切れ気味なので、新しいパンツを購入しようとぶらり朝から街に繰り出しました

寝癖が直らなかったので帽子を目深に
目の下のくまが濃いのでサングラスを着装

なんか怪しくねぇか、コレ……
そんな予想を裏切り――

――芸能人に間違われました(ぇ






閑話休題
選挙終わりましたね、自民の圧勝で

テレビの街頭インタビューでは

「前回はダメだったけど、今回はやってくれそう」
「やっぱり小泉さんだと思う」

などと老若男女が嘯いていました

それを居間で見ながら、本気で この国はもうダメなのかもしれない と、思った


彼らはこの国の借金が1sec/100万の速度で増えているのを知らないのだろうか
その責務は徐々に勢いを増し、税金という形に変わっている
タバコ、酒、消費税、国民年金、所得税……
あくまで痛みを感じるのは国民だけなのだ

今、まさにこのとき、古参の温泉街がダムの底に沈もうとしていることに、何も感じないのだろうか
この国が水不足で喘いでいたのは30年も前のことなのだ
にも関わらず、現在5箇所でダムの建設が進められている
当然その資金は税金から徴収されている

次々と建設される高速道路や空港の工事費が、自分たちと関係ないと思っているのだろうか
すぐ隣の空港に行くのに50時間、東京まで新幹線で1時間二十分、県の中心からその空港まで1時間
一体全体なんのための空港なのだろうか

民営化によって郵便局が一転すると本気で信じているのだろうか
巨大システムである郵政が民営化されれば、バックには銀行や大企業がつくことになる
そうなれば利潤追求のシステム経営になるのは自明の理であり、自然と郵便貯金は廃止され、ましてや営業時間はまして短縮されるだろう


『無知とはすなわち罪である』
などという言葉は、現代には理解されないのだろうか

暴力はうけた側からしかその本質を語れないように、
――ダムだろうが道路だろうが郵便局だろうが空港だろうが線路だろうが集合住宅だろうが他人の土地だろう他所の子の教育費だろうが年寄りの年金だろうが、アメリカだろうが中国だろうが北朝鮮だろうが、そして日本だろうが――
和気藹々と夕食時を過ごす人々には関係ないのだろう

関係あるけど関係ない。無関心で無教養。無慈悲で無節操


『一般市民は一般市民が思う以上に頭が悪い』
かのヒトラーの科白であるが、正しくその通りなのだと思う

彼らは声高々にアイドル政治屋を囃し立て、いざ統治が始まると怒りに狂気する
なのに、たった今、痛い目をみたばかりなのに「次こそは」と期待する

愚かしくも醜く、馬鹿馬鹿しくも嘆かわしい
徹頭徹尾、サル以下のミジンコだ
お山の大将だってコロニーを守るために必死だというのに

いったいいつから、民主政治が自らの手によって己を堕落せしめる政治体系になってしまったのだろうか


そして、
一般市民以上に政治家は国に無関心
なのだと思う

彼らにとっての平和は彼らだけに通用すればいいものなのだ
たとえ戦争になろうとも、それこそ彼らの生活が滞りなく行えるのであれば、それは平和だということだ

無能が悪徳とされない幸福な時代
それを彼らは平和と呼ぶ
それは時代の流れによるものではなく、国民自身が自身が作り上げたものなのだろう

果たして政治の腐敗となっていく
いや、国の腐敗とさえ言えるだろう

政治の腐敗とは、何も政治家が賄賂を受け取ることではない。それは個人の腐敗であるにすぎない。
政治家が賄賂を受け取っても批判することができない状態を政治の腐敗と言うならば、政治が腐敗していっても変革を望まないことを国の腐敗と言うのだろう




ボクは戦争に行きたくない

ボクはやりたいことができないような社会に貢献する気はない

ボクは納得のいかないことにNOと言える社会に暮らした


今、その全てが奪われつつある
憲法九条、表現の自由、ゲームという娯楽、民主主義という理想、政党政治という建前

決して誰もが思っていることなどと嘯くつもりはないが、かのような苦悩はボクの独りよがりなのかもしれない
政治のあり方を、強いては国のあり方を決めるのは国民の自由であり、誰も投票する政党を強制する権利はない

それでもボクは、今の社会が気に入らない
えらそうなことを言えば間違っていると思う
どこが良いとか、誰が正しいとか、そんな根も葉もない根拠を提示するほど自信家でも実力者でないけど――


それでも、それでも、それでも、ボクは今の日本に落胆している
だから自民党には投票していない

長ったらしくも口上を垂れたように、上記の時事が決してこの先の、ボクの人生に関わりないなどと思ってはいない
この先の4年間、「だからいっただろうがこのクソ蟲共がアホボケカス死ね」と心の底から、決して口には出さず罵るために――

ボクは自民党には投票しない

思い出バトン

今日は一日中ディスプレイに映る活字とにらめっこ
しかも仕事の方じゃなくてリレー小説の方
そのくせ文章が迷走していて一向にはかどらない('A`)


そんななかアロエちんが新しいバトンを書くも、渡さずに放り投げていたので勝手に拾ってみた
まずかったかな?

そんな諸問題は光速で忘れて息抜きまじりにLet's try!!








Q1. 小中高の中で一番思い出のある時期は?



んー、中学かなぁ

ボクは小学校・中学時代をアメリカですごしていました
しかも現地の学校ではなく、幼稚部から中等部まである私立の日本人専門の学校
一学年一クラスで全校生徒合わせて300人未満という少人数制でした
学年が上がれば上がるほど(主に帰国で)人数は少なくなり、中1のときは10人で、中3の10月頃には3人だったなぁ

少数精鋭(?)もあってか、妙な連帯感があったのを覚えています
先生なんかも、ぶっちゃけ無免許だったりしました(汗)

そんなもんだから、「小テストで全員80点以上だったら今日の宿題なしな!」とか「もう教科書15ページもやったんだから終わりにしてバスケやろうぜ!」なんて提案もあっさり許可(笑)

いやぁ……、懐かしきかなGood old days



Q2. 一番お世話になった先生はいつ?



これも中学時代の国語の先生
ちなみに現在は桜美林高校で同じく現国の教師をしていらっしゃいます

思えば、ボクに読書と文章表現の面白さを教えてくれたのはこの方でした
きっかけは『伊藤園』主催の中学部小説大賞に、ボクが宿題で書いたエッセイを勝手に応募されたことだったなぁ
しかも応募した後でアレコレ文句をつけて、果てには「来年もっかい頑張れ!」ってどうだよ……

何だか意味もなく悔しくて、ガキ特有の天邪鬼的反発心で書いたものを見せて、ヘタクソとか殴られて、原稿用紙のほぼ満面に手直ししてもらって、次第にそれが楽しくなってきて、なんとか形にして応募したら佳作が取れて、でも佳作賞で送られてきた図書券の通貨単位が円で、更にはそれが使える本屋が車で2時間の隣町にしかなくて――

今改めて思えば散々だ_|‾|○

でも、彼女の勧めがなければボクは小説を書こうとは思わなかっただろう
そして今のボクは存在しなかっただろう
そういう意味では徹頭徹尾で恩師なのかもしれない



Q3. 得意科目は?


これはね……
ぶっちゃけるとありません(ぇ

と言うのも――

現代文は得意だったけど古文・漢文は壊滅的な出来だった

体育は運動能力は決して低くないけど、泳げないのとアレルギーで水泳を全部欠席

社会科は担当の教員が致死的なマニュアル授業でオール居眠り

美術はアイデアは豊富ながらも、それを表現する技術が足らず途中で投げ出す始末

理系に関しては……お察しくださいm(_ _)m

中学まではよかったんだけどねぇ
まぁそんなカンジ。勉強嫌いは今に始まったことではありません!!



Q4. 苦手科目は?


徹頭徹尾戯言抜きで数学!
中学時代は5段階評価で2、高校時代は10段階評価で2という輝かしい経歴の持ち主です

あのね……なんかね……その……、いつまでやっても……一向に……答えに辿り着けない……あの特有の……無意味な焦燥感が…………大っキライです('A`)



Q5. 思い出に残っている学校行事3つは?


一つ目は代表例の一つである修学旅行
小学校時代はサンフランシスコ、中学時代はニューヨークを中心とした東海岸沿線でした
これでも一応、国内旅行なんですよ(‾ー‾)

ニューヨークにいったのは中3の夏だったかな
その次期になるとやってくる日本からの留学生(女子高生)5人も一緒でした
ボクら8人(男3+女5)と留学生5人(全員女)で計13人だったかな

最終日に大部屋に男女混合の全員で寝泊りして、翌日それが先生にバレて、何故か俺だけ正座で3時間に及ぶ説教を受けた挙句その日の日程に連れて行ってもらえず、体罰よろしくホテルで掃除の臨時お手伝いをさせられたなぁ

あのヤロウ、いつかまた水風船でも投げつけてやる


二つ目はこれも修学旅行だけど、高校で中国にいったこと

まず挙げられる感想は存外寒かったことかな
11月に中国なんて行くもんじゃねぇよ……
下手したらバナナで釘が打てそうなくらい寒かった

もともと古代文明とか美術品とかに興味があったのもあって、図らずも紫禁城にある故宮博物院に行くことができて一人満足していた
ただ、ガイドの清さんがやけに足取り軽く、一人ですたすたと先行してしまうのには困った

そして最大の目玉である万里の長城!
ええ、走りましたとも、端から端を行けるトコまで
その距離何と15キロ!!!
規定時間内に帰れるかどうか怪しくて、もはや見学は二の次になってたなぁ


三つ目は高校の水泳大会かな

主目的である競技をしょっぱなから全力ですっぽかして、会場から少し離れたところにある市民プールで泳いでいました
ちなみにこの日はボクらの水泳大会のため臨時休館
でも何故か鍵は開いていた

ここで不幸な出来事が――
なんとボクらの存在を嗅ぎつけた教員が、どこからともなく我等がテリトリーに侵入
制服をかき集め、海パンのまま野外へ猛ダッシュで逃走

もちろん教員は着替えなど持ってきているはずもなく、そもそもこの期に及んでのボクらの逃走自体が想定外らしく、もっさりした海パン着用のままミサイルの如く追尾

こちとら停学がかかってますから、ええ、そりゃあもう必死です
必死に走り、逃げ、走り逃げながら制服を着用するという神業すら及ばない魔技を披露
その間教員はもっさり海パン
その形相と姿見は恐怖以外の何物でもなく、そして爆笑絵図でしかなかった

そのとき更なる悲劇が――
なんと一緒に逃走していた友人Sが、ズボンの裾に足を引っ掛け大転倒
そしてそのままお縄に……

だが彼は真の漢にして、まごうことなき英雄であった
なんと彼はボクらの存在をひた隠し、黙秘を続けていたのだ
なんてヤツだ!悪名高きキミが、まさかそんな男気溢れるやつだったとは!!

しかも後日談によると、こけた拍子にひねったであろう手の指を骨折していたのだ
そうまでして……そんな醜態を晒してもなお……ボクらの……ボクらのために、キミは……!

その男気溢れんばかりの彼の頑なな友情に心を打たれた教員は――
次の日、残りのボクらだけをボコボコにしてくれやがりました

ええ、さしもの彼も出席簿までは隠しとおせませんでした
まさかこんな日にまで几帳面につけているとは_|‾|○



Q6. クラスでのキャラは?


中学までは元気っ子みたいなカンジかな
自分で言うのも情けないけど、やんちゃで手に負えなくて、明らかに問題児でした
当時の悪戯事にはほぼ100%ボクが一枚かんでます(笑)
でも成績は悪くなかったんですよ? いやマジで……

高校時代は逆にネクラみたいなカンジだったかな
日本に戻ってきてやりたいことを精一杯自分勝手にできるようになって、学校にいっている時間がもったいなく感じて、もどかしくて常にイライラいました
まぁ当然バカもいっぱいやったけどね



Q7. 学生時代の呼び名は?


これは本名が露見しそうだからスルーかな?

全スルーじゃつまらないから高校時代の呼び名を――

『 L.A 』

理由はアメリカのロサンゼルス帰りだから

でも英語はさっぱりで、後に語頭に『偽』を付けられました('A`)



Q8. 好きな給食のメニューは?


なんかあったっけかなぁ
ぶっちゃけ、給食って1年くらいしか経験ないんだよなぁ……

時代遅れの鯨の竜田揚げが出たときは驚愕しつつも、その美味に感動したかな
ってことでクジラ!
一回しかでなかったけどね;



Q9. 学生時代の友人はあなたにとってどんな存在?


ボクら幼少の頃の留学生にとって『留学』ってのはほぼ強制的なものだったんですよ
親の都合という抗いがたい絶対的な理由によって、それまでの環境が一転して、右も左もわからない世界に絶望するしかなかったのを覚えています

しかもアメリカって広大な国であるが故に車社会だから、必然的に移動手段が限られるのは否めない
バスはない地域だったし、アメリカに電車があるのはニューヨークだけ
全体的に治安が悪いから、ガキんちょ一人では出歩けない
そのくせ15歳以下が一人で自転車を乗るのにはわけのわからん手続きが必要ときたもんだ

州一つに日本がすっぽり収まるバカみたいにでっかい監獄

そんなイメージが当時のボクにはありました
みんな口には出さなかったけど、特異な自分の環境を心の底では嘆き罵っていたと思います
まぁボクなんかは堂々と口にしていたもんだから、事あるごとに親に張り倒されてましたけどね(笑)

だからボクらが集まると、「懐かしいね」ってよりは「当時は大変だったよなぁ」みたいな辛気臭い雰囲気が漂うときがあります

懐かしい友達――というよりは、言いえて妙だけど〝戦友〟みたいな感があるかな
男も女も一緒くたにしてね



Q10. 次にバトンを渡す5人は?

よーし、ボクも丸投げしちゃうぞ~(ぇ

医療について

「僕は医者にマニュアルはないと思っている。僕らは病気を見ているんじゃない、人を見ているんだから」

お昼(夕方?)にやっていた『Dr.コトー診療所』の再放送の中でコトー先生が言っていた科白だ。
ボクはこの作品を高校生の頃から愛読している。だからドラマ化された時は嬉しかった
ドラマの出来もいいし、五島健助役の吉岡秀隆はハマリ役だと思う

ちなみに、星野彩佳役の柴咲コウは大っキライだから全力で良しとしない


(原点がそうなのかは不明だが)ブラックジャックから脈々と受け継がれている〝医療〟関係の二次元化は昨今になって、善し悪しはともかくますますその傾向を強めている気がする

マンガで言えば『ブラックジャックによろしく』『ゴッドハンド輝』『メスよ輝け!』『医龍』『JIN-仁-』
ドラマで言えば『救命病棟24時』『白い巨塔』『白い影』『動物のお医者さん』
――と、ドラマをあまり見ないボク程度の人間が挙げただけでもこれだけある

メディアによって食い物にされ、実際その通りだったりするリアルでの医療ではボクたちは感動することができなくなっている


実際問題、戯言抜きで医者は儲かる
医療に必要とされる様々な薬や機器はそりゃあもう膨大な量と莫大な金額を必要とする
そして、それ以上に、国家から必要経費として認可される金額が多いのだ

例えば、年利益3000万の内で薬にかかった金額が2000万だったとする
普通はかかった金額の1/10くらいが認可されるが、医療関連においては2000万という巨額な経費がおりる仕組みになっている
つまりは年利益がほぼそのまま純利益となる


そりゃあもう感動なんてあったもんじゃない
医療関連のニュースなんて鼻くそほじりながらじゃないと見られない

それでも人は感動を求めて医療ドラマに食いつく
これもまた、メディア戦略の一環だったりもする
それでもやっぱり見てしまう
かく言うボクも、ついさっきポロポロ泣きながら見ていた



ドラマだと紙媒体では表現できない感動を与えることができるから卑怯だ!
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