2005年10月

自分でも呆れてます

3Dゲームやってて酔った……

いや、それだけ('A`)

mixi

紹介状を頂いたのでさっそく登録。
自己紹介文とかにこっちゃうのがボクの悪いところだなぁ(笑)

四苦八苦しながらもなんとか使えるようになり、さっそくコミュを検索――

――やっぱりありましたボクの中学校(笑)
いやもうなんかね、懐かしくって涙出そうでした。・゚・(ノ x `)・゚・。

あのヤロウ、いつの間にかこんなセリフ吐くようになりやがって……
なんて、もう何年も会っていないのだから当たり前なんだけれどね。


まぁあとは、ここからどう広げていくかなんですけれど、ぶっちゃけ大所帯ってキライなんだよねハッハッハ。
「じゃあやるな!」みたいなツッコミは期待していません。

自分の好きな分野のコミュ見っけても、500人とかいると登録する気になれないッスよ。
まぁ情報のリークを期待して登録とかアリかもしれないけれど。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私信。 Toアロエ

あれはね、キミの罠が巧妙かつ老獪だから、別にボクじゃなくてもひっかかるって……
あと、そんなにギャンブル好きってワケでもないよ。
まぁいい台があれば座りたくなるのはスロッターの性ではあるけど――――って、やっぱり大好きです(ぇ

もう一つ気になったのが、ボクってそんなに喧嘩腰ですか(笑)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




今日は一日中なんもしなかったのに何故か疲れ気味……

たぶん、下北に潜伏している相方が、いつ我が家に侵略してくるとも知れないからだろう。

『困りごと』に『備える』『心』とかいて――


“困憊”


キミの瞳に困憊っ☆

うん綺麗に戯言でシメられた。

今日はバイトの日っ!(教習はどうした)

寒くて野外バイトがキツイ今日この頃。
いい加減、派遣系バイトとはオサラバしようかと思っちょります(´・ω・`)
お金の問題もあるしね。
気がついたら預金通帳の桁が減っててビックリ!

てかね、いい加減、相方が煩いんスよね……
ニートだの何だの、余計なお世話ッスよね、まぢで。

気分はこんなカンジ。


ってことで、転職先を探してみました。




第一案 『雀荘』

 メリット - そこそこの高収入(平均して950/h)
       基本的に仕事が少なく楽
       代打ちで客と打てる

デメリット- タバコによる健康被害(けっこう今更な観アリ)
       人生経験的には無駄
       客の年齢層が高く若い女がいない


第二案 『飲み屋』

 メリット - きちんとした礼儀作法を学べる
       客・従業員ともに幅広い人間関係を築ける
       店舗優待などで自分が行くと安くなる
       茶髪・長髪許可の場合が多い(コレ重要)

デメリット- 鬼のように忙しい(ぶっちゃけ割に合わない)
       

第三案 『パチンコ店員』

 メリット - 高収入が期待できる(1100/hはテッパン)
       かわいい女性従業員が必ずいる(おもに景品交換所に常駐)

デメリット- タバコにy(以下略)
       ともすれば客と揉め事になる(過去に経験アリ)




まぁぶっちゃけ、ボクん中では第三案で決まってんスけどね。
いやホラ、収入いいしさ。
なにより経験あるから研修ないし♪







そうそう、今日コンタクトを新調しました。
通ってたところが閉店したもんだから、弟のところにお世話になりました。
なんでボクがヒイキにしているところって閉店すんだろ……


で、初めて行った感想ですケド――
いやもうマヂでありえないっすわ。

こういうところって基本的に時間かかるんだけど、診察も合わせて20分弱で終了。
あきらかに待ち時間の方が長かった……
しかもさ、眼科医による眼球検査が一番短いってどうよ('A`)

いやいや、今回における最大の問題点は、実はそこじゃない。

なんで比較的かわいい女の子の検査は長いワケ!?
ある意味セクハラですよ、コレは。
そんなボクの切実なる心の叫びを代弁してくれる方を紹介します――

この方です。








今日のブログはネタまっしぐらだな。
いやもー大満足です(笑)

存在の否定について

「アナタのことは異性として見れないから」
まるで三文恋愛小説に出てきそうなこの科白、実はリアルにおいてはそれほど珍しくはない。
統計的に見ると男に多い――なんてなんの科学的根拠のないジンクスはさておき、実体験を踏まえてみても幾人かいる。

この現象を体験したことのある人種を分類すると以下のような特徴がある。

 ・基本的にドライ、もしくは無駄に明るい
 ・人付き合いが苦手、もしくはやたらいい
 ・人間関係で過去に苦い及び痛い経験がある
 ・特定の異性との交際経験がある
 ・現実にうんざりしがち

この条件のうち、最低でも三つある方は思い返して欲しい。
仕事仲間、同級生、友達、親友……なんでもいいが、確実に一人は『付き合いは長いが恋人とは到底思えない人』『仲はいいけどこれ以上の関係はありえない』といった人物がいるはずだ。

ただ不思議なのが、当人には特徴があっても、対象となる人物には一定の基準がない。
故に既視感のような理想ないし潜在意識的なものや、弟や姉といった兄妹の存在に対する羨望意識の表れではない。
目を見張るような美形だろうが、二人っきりになったら確実に押し倒すようなメロンちゃんだろうが、一生を捧げてもかまわないようなサクセスヒューマンだろうが、そのスポットにはまった時点で、三原色の定理に基づく白のように、その人物は異性ではなくなる。


このように異性として捉えられなくなった人物はもはや、あらゆる柵から画一された存在となる。
『友達以上 恋人未満』といったような類でもなく、例えばアイカワさん(仮称)ならばそのまま『アイカワ』という人物になってしまう。
男とか女とか友達とか恋人とか、もっと言えば人ですらなく“アイカワ”という一つの特別な、もとい普遍的で超常的な存在なのだ。

なんだか唯一神のようでステキだと思うかもしれないが、当人からしてみればトンデモない、由々しき事態なのだ。
よくよく考えればもっともな話で、不本意に、理不尽に、そして不可思議に戦力外通告を突きつけられたようなものなのだから。

なぜそこまでして自分に尽くすのか理解できなかったり……
異性として見ていないばっかりに相手の好意に気づかなかったり……
対象がクラスのマドンナ的存在だったために男衆から殺気雑じりのあらぬ反感を買ったり……
告白されたときにその旨を話したら空手を嗜むらしくブラジリアンハイキックをお見舞いされたり……
そんなこんなで他の娘と付き合ったら「私のときはダメだったのにどうして!?」とか言われて慰謝料を請求されたり……………………

こちらとしても、お怒りはごもっともと思いつつも、自分自身ですら原因がわからない。
「そんなこと言ったって仕様がないじゃん」などとほざいた日にゃぁ骨の一本や二本は覚悟を決めねばならない。
けれど相手も相手で、理由なき理由だけに、感情のベクトルをどこに向けたらいいのかもわからない。
特別視されていることに喜べばいいのか、展望のない現状に嘆けばいいのか、はたまた唐変木を超越したUMAチックな相手を張り倒せばいいのかわからない。

失礼だろうが何だろうが、そう感じてしまったのだからどうしようもない。
こちらからはもう「諦めてくれ」としか言いようがない。
この事実を覆すにはビックバン並みの大変革が必要だ。
それこそ北斗神拳を極めて脳を120%使えるようにするか、前頭葉切り落としのロボトミー手術で人格そのものを変えるか、戯言抜きでそれくらいしか方法がない。


これはもはや、個々人のアイデンティティーといったユーニティの否定ではなく、存在そのもをを拒絶するレーゾン・デートルの否定である。
戯言を通り越して傑作染みている。

男と女が一緒にいれば恋人と同じ――などとは断じて思わない。
むしろ、なんでもかんでもソッチ系の方向にもっていこうとする、少女マンガ的オカルト乙女思想にはうんざりするくらいだ。
ただ、そういった感情的な忌避意識がもたらす結果なのか、脳の欠陥が招く原因なのかはわからないが、そういった人物は確実に存在する。

そこから見えるものが人間関係の複雑さなのか、男女関係のジレンマなのか、はたまた脳医学の神秘なのかは情報不足の観は否めない。
ボクとしては気付く前に知っていて欲しい、ホントまぢでそれだけ。
事の結末を目の前にして気付くよりは、事前情報として知っていた方が、修羅場の善し悪しも違うと言うものだ。

相手の存在そのもを否定する前に、心当たりを探してみるのが吉だ。

与えるか奪うかについて

「大抵の問題は与えるか奪うかで解決する」
誰のセリフだったか忘れたけれど、とても本質に則った言葉として今でもボクの心に残っている。


ボクは高校の頃、なぜだか人から相談事を持ちかけられることが多かった。
老若とは言わずとも男女問わず、そしてよい子悪い子普通の子を問わず、持ちかけられた。
今でも理由はわからないし、いったい何が原因でそんな七地面倒くさい事態を招いたのかも忘れてしまったけれど、週に一人はやってきた。
とにもかくにも、気がつけばボクは教室の片隅でちっぽけな「人生相談室」を構えていた。
どうせなら報酬を受け取っておけばよかった、と今更ながら後悔している。

持ちかけられる相談事は多かったけれど、概ね内容は一致していた。
つまりは人間関係のいざこざとについてだ。
恋人と喧嘩したとか、別れたいか別れたくないとか、誰かを好きになったとか、告白されたとか告白したいとか、死にたいとか、生きたいとか殺したいとか…………およそ戯事遣いのボクに垂れ込むようなネタではなかった。
ただ彼ら彼女らには一つの共通点があって、奴らはとても楽しそうだった。
「オマエら悩み事があってボクんトコに来てんじゃねぇの?」って思うくらい、“楽しそうに悩む”奴らに幾度ともなく殺意を抱いたのを覚えている。

奴らは別に、真面目に相談をしに来ているのでなく、ましてや解決案を求めてやってきているのでもなかった。
ありがちで平凡で、矮小で猥雑な日常の虚をグチりたいだけだった。


さて、上記のような不埒でくだらない内容だとしても、誰しも人生において一度くらいは相談事を持ちかけられたことがあると思う。
苦悩する友人を助けたい。できるかぎりのサポートをしてあげたい。ボクのことはさておき、そんな気持ちを持ち合わせていると思う。
この相談事というのは実は、『与えるか奪うか』という人間関係における根源を如実に顕現している。

提示された問題に対して解答を“与える”ということは、そのまま“奪う”ことにもっなている。
というのも、人の心的成長は肉体的成長が停滞したからといって滞ることはない。
『人間は考える葦である』などという言葉があるように、生きていく過程で訪れる様々な難題を経て、日々成長しているのだ。
経験を伴わないつたない知識を用いて擬似的な答えを与えることは容易い。
だがそれは同時に、相手から考えるという行為を奪うことになってしまう。
つまり『与えることが奪うこと』になる。


恋人、伴侶、親友、家族、兄弟、仲間、同志……
個々人の差異はあれど、これらの存在が当人に与える意義は大きい。
だがそれは逆に、何か大きなものを奪われもしている。
また、遠慮のない枷を与えられもしている。
それ故に『与えるか奪うか』という問題は大前提として『必要か不必要か』という意味を内包している。
本人とっての必要な存在は、不必要になった時点で苦痛でしかなく、いとも容易く切り離し捨て置き、忘れ去りたいと願うものに変わる。
それはもう大切な何かではなく、自分の大切なもの――時間、余裕、金銭、空間、体、心――を“奪う”存在になってしまう。

こういったイザコザが嫌煙される現代社会において、パートナーという存在はますます形骸化されつつある。
肉体関係のみを求めるセックスフレンドや愛人、哀願道具としてのペットや道具、厭世的な20代のヒキコモリやニート化。
そして現世は今、こういった人種にとって優しい世界になっている。
『優しい』ということが相手にとって都合のいいことをしてやることならば、それは相手の悪いところに気づかなければいい。その人を知らなければいいだけだ。無関心であり不関与なのだ。

現代の縮図のような人間関係と、対人関係の模範のような社会。
どちらもやはり与えるか奪うかで構成されている。
“都合のいい人”を与えられることで、社会も人も円滑に回り続けるだろう。
それこそ動いて喋ればマネキンだって構わないはずだ。

いつから本当に誰かのために行動できる人はいなくなってしまったのだろうか。
たまに見かけても、なんだかとても疲れた目をしている。
もしくは観測者としての嫌らしさに変わっている。

奪うために与え、与えられたものに奪われるのなら、この世に必要なモノなんてありはしないのかもしれない。
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